職人の手彫りはんこ

現代では、本人確認をする方法として指紋や角膜などの生体認証が用いられる場面も多くなりました。生体認証では、個人を特定することはできますが、本人の意思を確認したり、残したりすることはできません。はんこを押すという行為には、契約への意思や同意の意思など、本人の思いが込められた重要な意味があります。個人の考え方にもよりますが、100均でも買える安価な三文判と呼ばれる印鑑でそのような意思表示をするのに抵抗を感じる人も多いのではないでしょうか。できれば、職人が丹精に手彫りしたこの世にひとつだけの印鑑は自信をもって使いたいものです

職人手彫りのオーダーメイドのはんこは、印材選びからスタートします。用途や目的にあった好ましい書体などについて、じっくりと話し合って決める楽しみがあります。また、最近では、実印や銀行印などのほかに、書道や絵画などのような芸術作品に名前や好きなことばを捺印する落款印を手彫りオーダーする方も増えています。手紙や蔵書、年賀状などの自筆で書いたものに捺印することで、おしゃれ楽しむこともでき、古めかしいはんこのイメージも大きく変わってきます。センスあるシンボルマークとして、目的や楽しみ方がそれぞれにあります。自分の名前に誇りと責任をもつために、一生ものの宝物として、長持ちのする手彫りのはんこを検討されてみてはいかがでしょうか。

 

はんこの種類と手彫り

一口にはんこといっても、目的や用途によってさまざまな種類があります。ほとんどの方が三点セットとして持っているのが、実印、銀行印、認印です。実印は、住民登録をしている市区町村の役場などに印鑑登録を受理されたはんこのことをいいます。見かけが高級そうであるとか書体が難しいからという理由で実印と呼ばれることはありません。実印は、公正証書の作成や金銭その他の貸借証書、契約書や不動産の取り引き、遺産相続など、法律上や社会上の権利や義務の発生するときに使用する最も重要な印鑑です。唯一性を保つために、他のはんことの併用だけでなく、家族であってもひとつのはんこを使うことのないようにしなければなりません。このような理由から、実印だけは、多少費用がかかっても、職人による手彫りの印鑑を購入する人が多いようです。

銀行印は、その名の通り、銀行や郵便局などの金融機関で預貯金の口座開設や金銭の出納に使用するはんこです。金銭関係に最も関係するはんこなので、通帳と一緒に大切に保管しているという方も多いのではないでしょうか。認印は、実印に近いような形で印鑑証明を必要としない書類を作成したり、出勤簿の捺印に使用したりするはんこです。印鑑登録されていないといっても、捺印すると実印に準じた責任を伴うことになるので安易に押印することはできません。

 

はんこの歴史と材質

日本国内のはんこの歴史というと、誰もが歴史で習った覚えのある「漢委奴国王」の金印を思い浮かべるのではないでしょうか。1784年に現在の福岡県の志賀島で発見されたもので、後漢の光武帝から授けられたという記録が残されています。奈良時代には、律令に定められた公印が使用されていましたが、原則として私印の製造や使用は禁止されていました。平安時代に入ると、貴族には私印使用が認められ、藤原氏がつくったとされる私印が多く現存しています。庶民は、離婚届などで必要となる際には、氏名の自署か人差し指による拇印が一般的でした。時代とともに一般庶民の生活に徐々に浸透していったはんこは、明治6年の太政官布告により、署名のほかに実印を捺印する制度が定められたことによって、急速に普及することとなり、布告日の10月1日は、はんこが市民権を得た日として印章の日となっています。

はんこには、昔からさまざまな素材を材料としてつくられてきましたが、現在でも最高級品としてよく知られているものに本象牙を印材として使ったものがあります。見た目の美しさや耐久性に優れているだけでなく、朱肉をよく吸着していつも変わることなく鮮明な陰影を得ることができるものです。高級感あふれる手触りや重量感など、象牙に勝る印材はないと言われています。象牙についで高級品とされているのが、水牛の角を印材として使用したものです。特に東南アジアに生息する黒水牛の角を使ったものは、代表的な印材として重厚感や風格を漂わせる逸品となっています。高級印材を使用した熟練職人の手彫りの印鑑は、まさに一生ものと言えるでしょう。